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神戸地方裁判所 平成7年(ワ)1138号 判決

原告

山本容子

被告

中尾和代

主文

一  被告は、原告に対し、金八七万七二七〇円及びこれに対する平成五年三月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二〇分し、その一九を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金二二九五万九一四二円及びこれに対する平成五年三月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、後記交通事故(以下「本件事故」という。)により傷害を負つた原告が、被告に対し、自動車損害賠償保障法三条に基づき、損害賠償を求める事案である。

なお、付帯請求は、本件事故の発生した日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金である。

二  争いのない事実

1  交通事故の発生

(一) 発生日時

平成五年三月一八日午後三時三〇分ころ

(二) 発生場所

神戸市須磨区高倉台五丁目一九番先 信号機による交通整理の行われていない交差点(以下「本件交差点」という。)

(三) 争いのない範囲の事故態様

原告は、普通乗用自動車(神戸五四ち七一三七。以下「原告車両」という。)を運転し、本件交差点を東から西へ直進しようとしていた。

他方、被告は、普通乗用自動車(神戸五四た二五五一。以下「被告車両」という。)を運転し、本件交差点を南から東へ右折しようとしていた。

そして、本件交差点内で、原告車両の前面と被告車両の前面右部とが衝突した。

2  責任原因

被告は、被告車両の運行供用者であるから、自動車損害賠償保障法三条により、本件事故により原告に生じた損害を賠償する責任がある。

三  争点

本件の主要な争点は次のとおりである。

1  本件事故の態様及び過失相殺の要否、程度

2  原告に生じた損害額

四  争点1(本件事故の態様等)に関する当事者の主張

1  被告

本件事故の直前、被告は被告車両を運転して本件交差点に進入するにあたり、本件交差点南側手前で一時停止した。

他方、原告は、交差点に進入する際の徐行義務をつくしていない。

したがつて、原告には三〇パーセント以上の過失相殺がなされるべきである。

2  原告

被告は、本件事故の直前、本件交差点南側手前の一時停止の交通規制を無視して時速四〇キロメートルで本件交差点に進入した。また、本件交差点右側の安全をまつたく確認しておらず、原告車両と衝突する瞬間までまつたく原告車両には気づいていない。

これに対し、原告は、本件交差点の手前で、左方向から右折しながら本件交差点内に進入してこようとする被告車両を認め、原告車両に急制動の措置をとり、ほぼ停止することができたが、その瞬間に、被告車両が衝突してきたものである。

そして、右事故態様によると、被告は自車進行方向に対する注視義務をまつたく尽くしていないという重大な過失があり、これと対比すると、原告には、過失相殺の対象となるべき過失は存在しない。

五  証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

第三争点に対する判断

一  争点1(本件事故の態様等)

1  甲第二号証、乙第一、第二号証、原告及び被告の各本人尋問の結果によると、本件事故の態様に関し、前記争いのない事実の他に、次の事実を認めることができる。

(一) 本件交差点は、東西に走る片側各一車線、両側合計二車線の道路と、そこから南へ向かう片側各一車線、両側合計二車線の道路とのT字型三叉路である。

また、右各道路の最高速度は四〇キロメートル毎時と指定されており、本件交差点の南側手前には一時停止の標識がある。

なお、原告車両が進入してきた本件交差点の東方と被告車両が進行してきた本件交差点の南方とは、それぞれ見通しが悪いが、南側から車両が本件交差点に進入しようとする際、本件交差点内の西行き車線に相当する部分の直前で、右側約二一・二メートルの地点までは視認することができる。

(二) 被告は、被告車両を運転して南方から本件交差点に達し、本件交差点手前の一時停止の標識にしたがつて、被告車両を一時停止させた。

そして、時速五ないし一〇キロメートルで前進し、本件交差点で右折すべく本件交差点内に進入したところ、本件事故が発生した。

なお、被告は、衝突の寸前まで、原告車両を認識していない。

(三) 他方、原告は、時速約四〇キロメートルで原告車両を運転して東方から本件交差点に接近し、左前方約一七・四メートルの地点に本件交差点に進入しようとしている被告車両を認めた。

そこで、原告は、直ちに急制動の措置を講じたが及ばず、本件事故が発生した。

なお、原告は、急制動の措置と同時に自車を後退させて被告車両との衝突を回避しようと考えたが、左手をシフトレバーに置いたのとほぼ同時に本件事故が発生したため、原告車両は本件事故の直前には後退動作をとつていない。

2  右認定事実によると、被告は、本件事故発生の直前に被告車両を道路標識にしたがつて一時停止させているが、その後、交差道路である東西道路の右側にはほとんど注意を払うことなく、漫然と自車を本件交差点内に進入させ、本件事故発生の寸前まで原告車両を認識していない。そして、一時停止の標識は、それ自体が目的ではなく、交差道路の安全を確認する一手段にすぎないから、自車を一時停止させた後、漫然と本件交差点内に進入した被告の過失はきわめて重大であるといわざるをえない。

他方、原告も、交差点に入ろうとするときは、当該交差点の状況に応じ、交差道路を通行する車両等に注意し、できる限り安全な速度と方法で進行しなければならない注意義務(道路交通法三六条四項)があり、本件事故に関してまつたく過失がなかつたとまではいうことができない。

そして、右認定事実により原告と被告の両過失を対比すると、本件事故に対する過失の割合を、原告が一五パーセント、被告が八五パーセントとするのが相当である。

二  争点2(原告に生じた損害額)

争点2に関し、原告は、別表の請求欄記載のとおり主張する。

これに対し、当裁判所は、以下述べるとおり、同表の認容欄記載の金額を、原告の損害として認める。

1  原告の傷害等

まず、原告の損害算定の基礎となるべき原告の傷害の部位、程度、入通院期間、後遺障害等について判断する。

(一)(1) 外傷

甲第四ないし第六号証、弁論の全趣旨によると、原告は、本件事故により、頚部捻挫、右大腿打撲、腰部打撲、頭部外傷Ⅱ型等の傷害を負い、高橋病院に、平成五年三月二〇日から同年一〇月三〇日まで通院したこと(実通院日数一三九日)、右傷害は、同日、右上肢痛、右肩痛の自覚症状を残して症状固定と診断されたこと、この時点では、右肩関節可動域制限が認められたものの、その他の他覚的所見は得られなかつたこと、自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)手続においては、右肩関節可動域制限は後遺障害非該当との認定がされたことが認められる。

(2) 聴力障害

甲第七、第八号証、第九号証の一ないし一〇、弁論の全趣旨によると、原告は、平成五年三月二九日、両感音難聴、耳鳴、眩暈症を覚えて宮本耳鼻咽喉科の診断を受けたこと、その後、同年一〇月二七日まで同医師のもとに通院したこと(実通院日数三一日)、同日、両耳難聴、耳鳴の自覚症状を残して症状固定と診断されたこと、原告は本件事故前にも両感音難聴の既往症があつたこと、本件事故前である平成三年一二月二六日の検査では、平均聴力レベルが右四五デシベル、左四九・二デシベルであつたこと、右症状固定日に近接する平成五年一〇月二〇日の検査では、平均聴力レベルが右六〇デシベル、左六二・五デシベルであり、本件事故前と比べてやや悪化していること、自賠責保険手続においては、右聴力障害は自動車損害賠償保障法施行令別表一〇級五号に該当する(ただし、本件事故前から同表一一級五号の既存障害が存在していた。)旨の認定がされたことが認められる。

(3) 視力障害

甲第一〇号証、第一一号証の一ないし三、第一二号証の一ないし五、第三七、第三八号証、証人関屋善文の証言、原告本人尋問の結果、弁論の全趣旨によると、原告は、平成五年四月七日、複視と霧視を訴えて、同日から平成六年三月三一日まで村井眼科医院に通院したこと(実通院日数五一日)、平成五年一二月一三日から平成七年三月八日まで神戸大学医学部付属病院眼科に通院したこと(実通院日数一三日)、平成六年八月二六日から九月三〇日まで新長田眼科に通院したこと(実通院日数六日)、自賠責保険手続においては、右視力障害は後遺障害非該当との認定がされたことが認められる。

(二) ところで、右視力障害に関して掲記した各証拠によると、原告の右目には、生来的に約四分の一の視野欠損があること、本件事故後、原告には複視、軽度の斜視、眼瞼下垂の症状が現れていること、このうち、複視と斜視については年齢的な要因及び心理的要因を無視することができないこと、眼瞼下垂については、複視・斜視を防止するため、無意識のうちに片目をつむることにより生じていると考えられることが認められる。

そして、これらによると、視力障害に関する治療費及びこれに伴う通院交通費は、すべて本件事故と相当因果関係があるとするのが相当であるが、後遺障害に関しては、これを独立して評価するのではなく、聴力障害に関する後遺障害と総合して判断するのが相当である。

また、外傷に関して掲記した各証拠によると、右肩関節可動域制限も、聴力障害に関する後遺障害と総合して判断するのが相当である。

2  損害

(一) 治療費

乙第三号証によると、高橋病院の治療費が金四四万九一八〇円であることが認められる(被告による不利益陳述。)。

甲第二五ないし第二七号証によると、宮本耳鼻咽喉科の治療費が、原告主張のとおり、少なくとも金一五万六六四〇円あつたことが認められる。

甲第二八ないし第三六号証によると、村井眼科医院の治療費(西神戸薬局分を含む。)が金九万八八〇七円であることが認められる。

甲第三七、第三八号証によると、新長田眼科の治療費が金三万三八〇〇円であることが認められる。

甲第三九ないし第四四号証、第四五号証の一、二、第四六ないし第五一号証によると、神戸大学付属病院の治療費(新須磨病院によるCT撮影費を含む。)が金三万二〇二五円であることが認められる。

以上、治療費の合計は金七七万〇四五二円である。

(二) 通院交通費

甲第五二号証、原告本人尋問の結果、弁論の全趣旨によると、高橋病院への通院交通費は一回あたり金六四〇円であること(前記のとおり実通院日数一三九日)、村井眼科医院への通院交通費は一回あたり金八二〇円であること(前記のとおり実通院日数五一日)、宮本耳鼻咽喉科への通院交通費は一回あたり金七六〇円であること(前記のとおり実通院日数三一日)が認められる。

したがつて、通院交通費は、次の計算式により金一五万四三四〇円となり、原告主張とおり、少なくとも金一〇万八六九〇円を要したことが認められる。

計算式 640×139+820×51+760×31=154,340

(三) 付添・介助費

甲第五三号証、原告本人尋問の結果、弁論の全趣旨によると、原告の主張する付添・介助費は、知人に買物に行つてもらつたこと等に対する謝礼であると認められるところ、前記認定の原告の傷害の部位、程度に照らすと、これを本件事故と相当因果関係のある損害であるとは直ちに認めることができない。

そこで、この点に関する原告の請求を認めず、このことを慰謝料算定の一事由にとどめることとする。

(四) 慰謝料

前記認定の本件事故の態様、原告の傷害の部位、程度、後遺障害の内容、程度等、本件に現れた一切の事情を考慮すると、本件により原告に生じた精神的損害を慰謝するには、金三〇〇万円をもつてするのが相当である(なお、うち後遺障害に相当する分は、前記認定の後遺障害の内容、程度、それまでに存在していた聴力障害の内容に照らし、金一七〇万円をもつてするのが相当である。)。

(五) 小計

(一)ないし(四)の合計は金三八七万九一四二円である。

3  過失相殺

争点1に対する判断で判示したとおり、本件事故に対する原告の過失の割合を一五パーセントとするのが相当であるから、過失相殺として、原告の損害から右割合を控除する。

したがつて、右控除後の金額は、次の計算式により、金三二九万七二七〇円となる(円未満切捨て。)。

計算式 3,879,142×(1-0.15)=3,297,270

4  損害の填補

原告が、被告から金二〇五万〇八二〇円の支払を受けたことは当事者間に争いがなく、乙第三号証、弁論の全趣旨によると、高橋病院の治療費金四四万九一八〇円を被告が負担したことが認められる。

したがつて、右合計金二五〇万円が、既に損害が填補されたものとして控除されるべきであり、右控除後の金額は、金七九万七二七〇円となる。

5  弁護士費用

原告が本訴訟遂行のために弁護士を依頼したことは当裁判所に顕著であり、右認容額、本件事案の内容、訴訟の審理経過等一切の事情を勘案すると、被告が負担すべき弁護士費用を金八万円とするのが相当である。

第四結論

よつて、原告の請求は、主文第一項記載の限度で理由があるからこの範囲で認容し、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行宣言つき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 永吉孝夫)

別表

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